これから子どもを持とうと考えるとき、希望と同じくらい、不安がよぎることがあります。景気のいい話ばかりではない世の中で、きちんと育て上げられるだろうか。あるいは「自分に、子を産み育てる資格があるのだろうか」と、つい後ろ向きに考えてしまう人もいるかもしれません。
仕事は頑張っている。それでも、子どもを持つことを考えると、社会が背中を押してくれている感じがしない……保育の環境、育休、給与の格差。「育てる」を選んだ瞬間に、何かを諦めなければならない空気を、どこかで感じている人もいるでしょう。
そんな不安に、100年前の経済学者の言葉と、いま経済学で起きているある“見直し”から、少し違う角度で見てみましょう。
この記事のポイント
- ケインズが1930年に予測した「100年後の豊かさ」は、経済規模ではおおむね現実になった
- ただしその豊かさは私たちを自由にはせず、経済学はいま「GDP(国内総生産)に数えられないケア労働(育児・介護・家事)」の価値を見直し始めている
- 出産・子育てに不安を感じる人も、“カウントされない労働”の意義を知ることが、自分と子の幸せを考える手がかりになる
ケインズが100年前に予測した「孫の世代」の豊かさ
ジョン・メイナード・ケインズは、公共事業によって人々を豊かにできると説いた(『雇用・利子および貨幣の一般理論』)、20世紀を代表する英国の経済学者です。
世界恐慌のさなかの1930年、彼は『孫の世代の経済的可能性』という短いエッセーを発表しました。深い不況の中で、必要以上に悲観することはない、社会はこれから発展する、と伝えようとしたものです。そのなかでケインズは、「100年後(=2030年ごろ)の生活水準は、当時の4〜8倍になる」と予測しました。
この予測は、おおむね当たっています。米国では、実質的な生活水準がおよそ6倍になったとされます。日本も戦後の数十年で、1人あたりの経済規模を大きく伸ばしてきました。経済の“大きさ”という点では、ケインズの楽観は現実になった、といっていいでしょう。
それでも、私たちは「豊かさ」を実感しきれない
ところが、ケインズにはもう一つの予測がありました。豊かになれば、人はやがて週15時間ほど働けば十分になり、あとの時間をどう使うかが最大の問題になるというものです。
機械やAIが多くの仕事を担い始めた今、この予言は不気味なほど鋭く聞こえます。けれど現実には、私たちの労働時間はケインズが思ったほど減っていません。生産性は上がったのに、なぜか忙しさは消えない。豊かになったはずなのに、子どもを持つことにさえ不安がつきまといます。
その理由の一つとして近年の経済学が注目しているのが、ケインズの計算からも、そしてGDPという物差しからも、そもそも抜け落ちていた“ある労働”の存在です。
経済学が見直し始めた「ケア労働」の価値
それが、育児・介護・家事といった「ケア労働」です。誰かに愛情を注ぎ、世話をし、暮らしを支える。市場でお金のやりとりが発生しないため、これらはGDPには計上されません。長いあいだ、経済的には“見えない労働”として扱われてきました。
しかし近年、この見方を問い直す議論が広がっています。経済学者ケイト・ラワースは著書『ドーナツ経済学』(2017年)で、経済を成り立たせている土台には、市場だけでなく、家庭で無償で担われるケアや育児があると指摘しました。
実際、日本でも内閣府が、無償の家事・育児などを賃金に換算して推計しています。2021年の試算では、その価値は推計方法により年間およそ119兆〜144兆円。名目GDPの2〜3割に相当します。市場には現れないだけで、社会はこれだけ大きな“見えない労働”に支えられている、ということです。
これは特定の誰かの主張というより、「豊かさをGDPだけで測れるのか」という国際的な問い直しの一部でもあります。
まとめ:数えられない“豊かさ”を、これから産まれる子と
置かれた環境は人それぞれで、「経済的なことは何も心配いらない」と言い切ることはできません。それでも、世の中が少しずつ良くなってきたのも事実であり、そして今、「本当の豊かさとは何か」を問い直す動きが、経済学の側からも始まっています。
その問い直しが照らしているのは、こういうことです。
あなたが誰かに愛情を注ぎ、育てるという営みは、GDPには現れないけれど、社会を根っこで支える不可欠なものなのだと、経済学がようやく言い始めている。
出産や育児は、きわめて人間的な営みです。「本当に育てられるだろうか」という不安は、それだけ真剣に向き合っている証でもあります。子どもを持つ・持たないは、どちらも等しく尊重されるべき選択です。
冒頭に記した、自分に子どもを産み育てる自信が今一つない、子どもを育てると何かを諦めなければならないのか、という悩みに立ち返ってみましょう。人生の中で現れるさまざまな選択肢の中に、絶対的な正解などありません。選んだ答えを正解にしていくのが、人生、人の歩みだともいえそうです。
そして、選んだ答えを正解にするために大切なのは、「どう生きたいか」「自分にとっての幸せとは何だろうか」を問いかけ、そこで生まれた思いを大切にすることが挙げられます。経済学でも数字だけでは豊かさを測れないという意見が出始めた今、一人ひとりが幸せを感じられる道を歩むことに大きな意味があるからです。
参考・出典
- J.M.ケインズ『孫の世代の経済的可能性』(1930年、『ネーション・アンド・アシニーアム』掲載)/邦訳『ケインズ説得論集』(日経ビジネス文庫)
- ケイト・ラワース『ドーナツ経済学が世界を救う』(2017年)
- 内閣府経済社会総合研究所「無償労働の貨幣評価」(2021年推計、2023年公表)
